何者でもない私が考える、緊急事態に必要な2つの力とは?~その1~

都内在住なので、報道にある通り自粛中の生活を送っています。幸い、今、私たち家族は元気に暮らしています。

もし、自分や家族や周りの人がコロナにかかったと判明したら、もしそれが重症化したら、このようにして平常時のようなブログを綴るということはできないことでしょう。

この国の医療従事者に感謝して、日々生活しております。

【必要な力①】自分の頭で考える力

今こうしてコロナのことで緊急事態が起きていますよね。様々な報道もあり、ブログもそうですがSNSでいろんな人がいろんなことを言います。近所でたまたま会ったご近所さん、ママ友、実家の親やきょうだい、職場の人。

いろんな情報が耳に入り戸惑い、感情が揺れ動きます。

私たちはこういった情報に日々振り回されそうになりますよね。

でも、こんなとき、何を信じていいのかわからないとき、私は「自分の頭で考える」ことを忘れないようにしています。

この「自分の頭で考える」って、いったいどういうことを指すのでしょう。

自分の頭で考えるってどういうこと?

それは、周り(立場の大きな人含む)の意見に流されないこと。そう、同調圧力に負けないことも。

例えばね、学校。はじめに全国一斉に休校要請がでましたよね。そのあとに、今は自治体に任せますよと言って丸投げされたその自治体がどうしようかとそれぞれ独自の案を出すのですよね。

そこでですよ、出された案、全部受け入れますか?

だいたいの人が、色々な思いがあっても、

「でも私よくわからないのよね、いろんな専門家がいろんなこと言うし」

「政府(自治体しかり)の要請どおりにやろう」

「学校始まるならいこう」

ってすぐに思ってしまいますよね?でもそこを、果たしてその案はどうなのかって自分が考えるってことです。

もし、自分で調べて知識を蓄えて、そして目の前の家族(子供)をみたときに、「あれ?なんだか危なそうだけど学校始まるらしいな」と思ったら・・・?

「しょうがない。学校がそういっているし行くしかない」

という思考停止ではなく、

自分で考えて、

「うちは自分で家で見れるから、欠席してもいいかな。子供と家族で相談してみよう」

ってなってもいいわけですよね?その他のリスクをも勘案して。

普段、「自粛、自粛」と言っている人でも、いざ学校やるよってなったら、中にはいやそれでは自粛の意味がないのでは?と思っている人もいるかもしれないけれど、「そうか、学校始まるから学校行かないと。」となる人もいますよね。でも、それっておかしくないですか?ということです。

ただただ、緊急事態だから「言うことを聞くしかない」のではなく、緊急事態だからこそ、その判断間違っていないか?って冷静に考えることも必要だと思うのです。

例えそれが、感染症のことも、医療のことも、経済のことも、教育のことも、現場の人間でもなければそれを指示出せる立場にない、この「何者でもない」私たちだったとしても、どうしたらいいのか考える。

これ、とっても大事なことだと思うのです。

今は、例えとして学校の休校のことについて出しましたが、これはたとえ話でして、言いたいことはそういった「視点」のことです。

決まったことで、もうどうしようもできないこともたくさんありますが、受け入れるしかないこともたくさん降ってくるかもしれませんが、批判はしないで議論もしないで言うこと聞くしかないのではなく、「おや?」「自分ならどうしようかな」と考える視点は欠かせない。

これは必要な力なのです。

なぜかというと、私たちが考えることをやめたら、ただの言いなりになったら、良くなることも良くならないから。私たちにはたとえ小さなことでも何かを動かす力がそれぞれにあるのですから。

☆追記:4/10  

補足ですが、それは誰かのためになることもあるかもしれないけれど、それ以上に回りまわって自分のためになるのかな。

自分の気持ちに蓋し続けるのしんどいから蓋しなくっていいよってこと。必要以上に依存しなくっていいよってこと。など、一応補足しておきますね。他にもメリットはいくらでもあるでしょう。今度もっと調べてみようかな。

何も苦情の連絡をしてやろうとかいうことを推奨しているのではないですよ。でも例えそうなってしまっても、だと思ってしまいますね。それを経てでもいいからという思いから。

まとめ

今日は、「自分の頭で考える力」が大事だよねという話をしました。もう一つの力は、また明日。

最後まで読んでくれてありがとうございました。

関連記事:何者でもない私が考える、緊急事態に必要な2つの力とは?~その2~

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