没頭する時間こそ学びが深まる。遊びの楽しさを体現する息子たち。

子供ってなんでも遊びにしちゃうんだから、おもしろいものだなあと思います。

最近の息子たちの遊びの様子、とても楽しそうだったので、ちょっと載せます。楽しくてたまらなくてついつい没頭してしまう。そんな様子でした。

没頭して遊ぶ息子たち

わが家にある木製レール。ビー玉ころがしという玩具。前にも遊んでいる様子を出したことがありました。

あれからもう何年も経って、息子も大きくなりました。

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遊んでいた部屋も、沖縄から東京にお引越ししたので、雰囲気も違います。

図鑑なども屈指して、ビー玉ころがしを楽しんでいます。

木でできているものは、小さな大工さんのビー玉転がしのセットになっているもので、高さを出すために積み木を使っています。これも小さな大工さんのものなのです。

図鑑と、あとはシルバニアファミリーの家や、大きいアポロの空き箱、サランラップの芯を通して、作ってみたようです。

何時間もこのレールにビー玉を転がして遊んでいました。飽きないのだろうかというくらい没頭していて。

少し崩して変えてみたりと、2人で相談して、あーでもないこーでもないとやっていました。ときにはうまくいかなくて涙する次男の姿もあったけれど、気になって仕方なくて食事が終わってもお風呂から上がっても合間合間でビー玉を転がす。

一日中ではなくて、他の遊びもするけれど。

図鑑を使うとは、私だったら思いつかなかったかもしれないなと思いながら見ていました。あ、わが家の場合は、2人の世界観がもう出来上がっていることの方が多いので、私はときどき見たりするくらいでほとんど介入していないのですが。

初めてビー玉ころがしを買った頃は、私も一緒にやることもありましたが、自分たちで思うままにできるようになってからは、私はもうノータッチ。

2人で試行錯誤して遊んだこの時間は、学びにもなり、とてもいい時間だなあと思う今日この頃です。

あそび部屋は5畳ほどという狭さ

あそび部屋は、5畳ほどの狭い部屋で、そのうちの一畳分はおもちゃ棚を置いている。さらに部屋の角には電気乾燥機が置いてあったりして、手狭です。

このミニマムな家の中でも、創造して遊べる空間というのはどうしても確保したくて、あそび部屋はそのためにあります。

わが家に子供部屋がなくてあそび部屋があるのは、そういうことなのです。

時にはこうしてビー玉ころがしに没頭して、何日も何日もこのようなレールが出たままのこともあれば、こんな風にして、車で遊んだりすることもある。

↑12月頃の写真。

本当は寝室の方が広いので、あそび部屋と交換したいくらいですが、このあそび部屋には家の造りの問題でエアコンをつけることができないので、交換できず。

(わが家にとって寝室にエアコンは必須。)

おもちゃは出しっぱなしじゃなくて、一日の終わりなどには片づけるのが基本(であってほしい願望)ではありますが、この部屋に関してはまあいいかということになっています。

こうして作ったものは続きを翌日にも楽しみたいものなので。

ですが息子たちの場合、わりとすぐに崩れてしまうこともあって、ぐちゃーっとしたままだと私も気になってしまいます。(気にならない日は気にならないが・・・。私って勝手。)

そうして少し経っても遊ばなかったり崩れたままであったら、そこで、さあ片づけますかとなることが多い。

私自身のものはたぶんミニマリスト的な要素もありますが、子供たちのものはもうすっかり増えていますね。無駄なものもあるし必要じゃないものも紛れています。ミニマリスト思考は私には残っていますが。

遊びって楽しいものなんだな

できるだけ自分たちで作り上げていける、発展性のある遊びができるように、私からできることとしておもちゃは刺激の少ないものをなるべくと思ってやってきました。

あとは、子供のやってみたい気持ちを失わせたくなかったので、干渉し過ぎないなどはあそび以外のところでもなるべくやってきました。

子育てにおいては持って生まれた子供の性格などの影響もあるので、こうしたからこうなると言うものではないということを知りました。底の底の方というか、大枠というか、枠というとなんか枠組みがあるようであれだから・・・でも大まかなとこで響くことも良くも悪くもあるから、そういったところは私にとって工夫してきたことの一つです。

保育を学んだ者、現場にいた者としては、遊びって何だろう?って思ったり、子供の遊びについて考えたりします。

もちろん親であれば、考えたりする人もいるとは思うけど。子育て記録みたいなブログで詳しい人がいてすごいなあと感心したりもある、ある。

息子たちには、心の底から楽しいと感じてこのまま遊んでいてほしいなあと思ったのでした。そしてこのあそび、深い学びとなっているのを感じたのでした。

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